真核生物と命名法
なお、これらは自然な分布の下でのことであり、例えば人為的に移植が行われた場合、帰化種の場合にはたやすく雑種が生じる場合もある。たとえばタイワンザルが日本に持ち込まれ、ニホンザルとの間に雑種を形成しており、さらにその雑種との交配も確認されている。それらの雑種はほぼ両者の中間的な形質を持っている。このことから、両者を別種としていることに対する疑問を呈する向きもあるが、別種と見なす判断は、元来は地理的に隔離されており、生殖隔離が完全に近く、その上で形態的な差異があることに基づいている。人為的な移植がなければ別種との判断が揺らぐことはなかったと推測される。一般に野外で雑種が少ないのは、生殖的隔離が成立している生物集団同士がまとまって別種、あるいは亜種を形成し生息しているからである。人為的に交配させた場合、この限りではないが、実際に野生種間で雑種を作ろうとしてもうまくいかない場合が多い。これは、生殖的隔離が生理的な面で行われる場合があることと共に、そもそも遺伝子が異なっている以上、その発現等において不具合が生じやすいためと推測される。種間では交配が行われにくく、交配させても子供ができることは少なく、できたとしても、その子には生殖能力がない場合が多い。雑種に生殖能力があるかどうかは、その両親が同種であるかどうかの判断基準の一つとなる。雄ロバと雌ウマの雑種であるラバは繁殖能力がないが、洋ランのカトレヤに見られるように、ラン科では種間どころか属間でも雑種ができる例が多々ある。ほ乳類の雑種では、往々に両親の名を前後つなぎ合わせた名を与えられる。
次に、超分子化合物を設計する方法については、1980年代頃より、分子認識を行う超分子化合物(すなわち基質特異性をモデル化した化合物)の研究が開始された。当初は基質構造の細部までは認識できなかったため、分子の嵩高さを識別することから始められた。ただし早い時期から、他の分子と静電相互作用で結合する包摂化合物(シクロデキストリンやクラウンエーテルなど)は知られていた。そこで最初の人工酵素として、リング状の構造を持つシクロデキストリンに活性中心を模倣した側鎖構造を修飾することで、中心空洞に嵌まり込む化合物に対してのみ反応する化学物質が設計された。今日では分子を認識すると蛍光を発するような超分子化合物も設計されている。また、活性中心で生じている遷移状態を作り出す方法論は反応場理論として体系付けられている。反応場理論の1つの応用が、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治やバリー・シャープレスらの不斉触媒として成果を挙げている。代表的な酵素の一覧を示す。
属が変更された種については、次のようになる。まず命名者については、命名者名が括弧でくくられ、その後に変更者の名前を書くことになる。また属名には性があり、基本的に種小名の語尾は属名が男性のときには-us、 -is、女性のときには-a、 -is、中性のときには-um、 -emとなる。そのため属の変更によって種小名の語尾が変化することがある。和名は、学問規約的に規定された名ではなく、一般に使用されている習慣的な名称である。生物の場合、一つの種に多くの異なる名があったり、複数の種が同じ名で呼ばれたり、地方によって異なっていたりする。こうした日本語による慣用名は、日常用途では漢字で表記することも多いが、今日、生物学、特に分類学的見地に立った学術的局面で使用するときはカタカナで表記する。当初、戦前においては和文の論文など日本語表記の学術的文章は漢字カタカナ混じり文で書くのが慣例であり、地の文のカタカナと生物名を視覚的に識別しやすくするため、和名をひらがなで表記した。本来カタカナは漢訳仏典、漢籍を読み下しやすくするために付するふりがな、送り仮名として成立したものであり、伝統的に学術的文章は漢字カタカナ混じり文で書いたのであるが、戦後、国語改革に伴い学術的文章であっても漢字ひらがな混じり文で書くようになった。そのため、旧来の表記法をひっくり返して地の文のひらがなと視覚的に識別しやすくするために、和名をカタカナ表記するようになったという経緯がある。
植物病原菌には細菌よりも真菌(カビ類)が多いので、英語ではFungicide(殺真菌剤、防かび剤)と総称することが多い。農薬としての殺菌剤の歴史は19世紀後半に始まる。フランスのボルドー地方でボルドー液(硫酸銅、生石灰を水と混合して作る)がブドウのべと病などに効くことが偶然発見された(もとはブドウの盗難防止用だったという)。同じころ石灰硫黄合剤も多くの病害に効くことがわかった。これらは現在でも使われている。日本では古来特に重大な病害としてイネのいもち病があり、これを防除する方法が1930年代頃から行われ、種籾をホルマリンで消毒する方法などが用いられるようになった。第二次大戦後は有機水銀剤がよく使われたが、1960年代に水俣病の原因が有機水銀(別種)であることなどから危険性が指摘され使用禁止となった。いもち病にはそれに代わりブラストサイジンやカスガマイシンなどの抗生物質が発見・開発され用いられるようになった。